にかどくログ

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人々がバッシングに走ってしまう理由 ~堀内進之介著『善意という暴力』読了!~

にかどくです。

 

今回は『善意という暴力』を読了したので、こちらの感想を書いていきます。

善意という暴力 (幻冬舎新書)

 

 

著者紹介

本書の著者は堀内進之介さんです。

1977年生まれ。政治社会学者。博士(社会学)。

専門は政治社会学、批判理論。

首都大学東京客員研究員、埼玉大学非常勤講師、現代位相研究所主席研究員、Screenless Media Lab.所長ほか。

『知と情意の政治学』(教育評論社)、『感情で釣られる人々』『人工知能時代を〈善く生きる〉技術』(ともに集英社新書)、『人生を危険にさらせ!』(須藤凜々花氏との共著、幻冬舎文庫)など著書多数。

 

堀内進之介著『善意という暴力』

(2019年/幻冬舎/著者略歴より)

 

概要

「不謹慎だ!」「間違っている!」「その人の身になってみろ!」

――自分は「善いこと」をしていると思って発するこれらの言葉。

しかしその正体は、自分と異なる意見を否定し、相手も自分と同じように感じるべきだという押しつけにほかならない。

なぜ善意は暴走して人々の自由を抑圧するのか?

「許せない」「かわいそう」など、人々が「感情」で動く社会はなぜ危ないのか?

気鋭の政治社会学者が、現代の病理を社会システムと個人の心性の両面から鋭く分析し、変革のための方法と理念を提示する。

 

堀内進之介著『善意という暴力』

(2019年/幻冬舎/裏表紙より)

 

感想

最初に言うと本書は難解で、僕自身1回読んだだけでは完全に理解することができませんでした。

 

でも、人々がなぜバッシングをするのかは納得できるような気がしました。

最近の社会では何かとバッシングが多いですが、果たしてそれが正義感を持ってなされているのかというと違います。著者も述べていますが、結局は自分の考えを考えが異なる他人に要求するためにやっているのだと改めて思いました。

 

秀逸なのは、このことを国語の試験問題と同じだと言っている点です。

国語の試験問題では、よく「作者の気持ちとして正しいものを選びなさい。」というものがあると思います。よくよく考えてみるとこの問題っておかしくないですか?

なぜなら他者の気持ちなんてそう簡単には分からないと思うからです。

そもそも他人の気持ちを理解するということは、大前提で他人が自身の気持ちを詳細に言語化したうえで相手に伝えられる状態でなければならないと思います。

果たして相手に自分の気持ちを理解してもらうために、自分の気持ちを詳細に言語化できる人っているのでしょうか。

たぶん、いないと思います。

自分の気持ちも上手く表現できないのに、他人の気持ちを理解するなんてことは不可能だと僕は思います。

ということは、結局のところ「作者の気持ちとして正しいものを選びなさい。」という問題は「出題者の気持ちとして正しいものを選びなさい。」ということなのではないでしょうか。

さらにこのような問題を出すということは、社会が自分の考えを押し付けることを良しとしているような気さえしてきます。

そういう問題を小学生のときから高校生のときまで触れていくわけですから、「自分の考えを他人に押し付けて良い」という思考が無意識のうちに働いていても無理はありません。

本当ならば様々な意見が存在して良いはずなのに。

でも現実で厄介なのは国語の試験問題のように採点者がいないし、選択肢がないことです。

バッシングする側は自分の気持ちと同じでなければいくらでも対象者をバッシングできてしまうのです。

本当に厄介な問題です……。

 

さらにバッシングも気軽にできる環境がいまは整っています。

その環境がSNSです。

SNSには本名でなくても登録できてしまうので責任感が希薄になりますし、相手から簡単に特定されません

だからそれを良いことに言いたい放題言っている人が残念ながら多い気がします。

SNSは自分の知らない情報を知るためのツールであって、他者を貶したりするためのツールではないはずです。

バッシングをする前に、本当にこんな発言をして良いのかどうかをじっくりと考えて欲しいと思います。

目安としては自宅の玄関にこれからしようとしている発言や投稿を書いた紙を貼れるかどうかです。

(前職の研修で学んだことです。)

自宅の玄関に貼れないようならば、控えるべき発言や投稿だということがわかります。

この目安をもとにしていけば少しは行き過ぎた発言や投稿がなくなるのではないでしょうか。

 

バッシングからSNSの話になってしまいましたが、いまの社会でじっくり考えるべきことが本書には提示されている気がしました。

 

最後に

今回は堀内進之介さんの『善意という暴力』の感想記事を書いていきましたが、いかがだったでしょうか。

感想部分の冒頭でも書きましたが、本書はいろんな話題に触れているので難解な気がします。

完全に内容を理解できているとは言えない状態なので、時間を置いてから再読しようかなと思う一冊でした。

僕もSNSやブログに何かを投稿するときは、今後も投稿の善し悪しをじっくりと考えようと思いました。

 

以上、堀内進之介さんの『善意という暴力』の感想記事でした。

最後までご覧いただき、ありがとうございました。

 

善意という暴力 (幻冬舎新書)

善意という暴力 (幻冬舎新書)

 

 

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